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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)18号 判決 1992年10月30日

原告

辻本登志男

被告

社会保険庁長官末次彬

右指定代理人

飯塚洋

村山行雄

峯村芳樹

高田勲

彦田秀雄

佐藤保

山崎和博

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

被告が平成元年一二月一四日付けで原告に対してした、昭和六三年八月から三級の障害厚生年金四七万〇四〇〇円を支給し、障害基礎年金は支給しない旨の裁決を取り消す。

第二事案の概要

一  障害基礎年金及び障害厚生年金の制度の骨子

傷病の初診日において厚生年金保険法の被保険者であった者については、当該初診日から起算して一年六月を経過した日(その期間内にその傷病が治った場合には、その治った日。なお、この「治った日」には、その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。以下「障害認定日」という。)において、その傷病により一級又は二級の障害等級に該当する程度の障害の状態にある場合に、その程度に応じて障害基礎年金及び障害厚生年金が支給され(国民年金法三〇条、厚生年金保険法四七条)、また、三級の障害等級に該当する程度の障害の状態にある場合には、その程度に応じて障害厚生年金が支給される(厚生年金保険法四七条)。そして、右各年金は、障害認定日の属する月の翌月から支給される(国民年金法一八条一項、厚生年金保険法三六条一項)。

右の障害等級に該当する障害の状態は、一級及び二級は国民年金保険法施行令(以下「国年令」という。)別表で、三級は厚生年金保険法施行令(以下「厚年令」という。)別表でそれぞれ定められており(国民年金法三〇条二項、厚生年金保険法四七条二項)、心疾患に係る障害等級は、一級については国年令別表の一級の九号において、「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする症状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」と、二級については同表の二級の一五において、「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」と、三級については厚年令別表第一の一四において、「身体の機能に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するもの」と、それぞれ定められている。

障害厚生年金の額は、原則として、被保険者であった全期間の平均標準報酬月額及び被保険者期間の月数を基礎として算定される(厚生年金保険法五〇条一項、四三条)が、昭和六〇年法律第三四号の施行日の前日である昭和六一年三月三一日において、同法律による改正前の厚生年金保険法一五条一項に定める第四種被保険者であった者は、右改正により第四種被保険者の制度が廃止された後も引き続き第四種被保険者の資格を有し(右法律附則四三条一項)、このためその期間は右の障害厚生年金の算定の基礎とされる被保険者期間に含まれることとなる。

二  本件裁定等の経緯(<証拠略>)

原告は、狭心症及び陳旧性心筋梗塞(以下「本件傷病」という。)で初めて医師の診療を受けた昭和六二年一月二三日当時厚生年金法の被保険者であったところ、平成元年八月二九日付けで、本件傷病により障害の状態にあるとして、被告に対し、国民年金法三〇条に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法四七条に基づく障害厚生年金の請求を行ったところ、被告は、同年一二月一四日付けで、原告に対し、右初診日から起算して一年六月を経過した日である昭和六三年七月二三日における原告の障害の状態が、国年令別表に定める程度には該当せず、厚年令別表第一に定める程度に該当するとして、同年八月から三級の障害厚生年金四七万〇四〇〇円を支給し、障害基礎年金は支給しない旨の裁定(以下「本件裁定」という。)をした。

原告は、右裁定を不服として、平成二年六月一五日、兵庫県社会保険審査官に対し審査請求を行ったが、同審査官は同年九月二八日付けで原告の審査請求を棄却する旨の決定を行った。

原告は、右決定を不服として、同年一〇月二二日、社会保険審査会に対し再審査請求を行ったが、同審査会は平成三年四月三〇日付けで右再審査請求を棄却する旨の裁決をした。

三  本件の争点

1  原告は、本件裁定の取消しを求める理由として、以下のとおり主張している。なお、原告は、同裁定のその余の点については明らかに争わない。

(一) 障害等級は一級と認定して、障害厚生年金のほか、障害基礎年金も支給すべきである。(その具体的理由は主張していない。)

(二) 年金支給開始日については、原告は、恥骨部痛により昭和六三年一一月一日に手術を受けたところ、これにより心臓が悪化したのであるから、その退院日である同月九日の属する月の翌月である昭和六三年一二月から実施すべきである。

(三) 原告は、過去において第四種被保険者(昭和六〇年法律第三四号による改正前の厚生年金保険法一五条)であったにもかかわらず、その期間が本件処分における障害厚生年金額の算定の基礎となった被保険者月数に含まれていない。

2  被告は、本件裁定における年金支給開始時期及び障害等級の認定は共に正当である上、被保険者月数には第四種被保険者期間が含まれており、同処分は適法であると主張している。

第三争点に関する判断

一  障害等級について

障害基礎年金及び障害厚生年金に係る障害の程度については、前記のとおり国年令別表及び厚年令別表に定められているが、被告においては、その具体的認定は、「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(昭和六一年庁保発第一五号社会保険庁年金保険部長から都道府県知事あて通知、以下「認定基準」という。)によって運用している。この基準は法規性を有するものではないが、その具体的内容は(証拠略)のとおりであって、医学上の知見を総合して定められたものであり、合理的なものであると認められる。

(証拠略)によれば、心臓疾患による障害の程度についての判定方法は、認定基準の第一章第一一節「心疾患に係る認定要領」において、以下のとおり定められていることが認められる。すなわち、その判定は、呼吸困難、心悸亢進、尿量減少、夜間多尿、チアノーゼ、浮腫等の臨床症状、X線、心電図等の検査成績、一般状態、治療及び病状の経過等により、総合的に認定する。そして、一級に該当する要件としては、浮腫、呼吸困難等の臨床症状があり、同基準のA表(心臓疾患重症度区分表)に掲げる重症度が4(安静時にも心不全症状又は狭心症症状がおこり、安静からはずすと訴えが増強するもの)又は3(身体活動を極度に制限する必要のある心臓病患者。身のまわりのことはかろうじてできるが、それ以上の活動では心不全症状又は狭心症症状がおこるもの)に該当し、かつ、B表(心臓疾患検査所見等)に掲げるアないしシの所見等のうち、いずれか2つ以上の所見等があることであり、二級に該当する要件としては、浮腫、呼吸困難等の臨床症状があり、A表に掲げる重症度が2(身体活動を制限する必要のある心臓病患者。家庭内の極めて温和な活動では何でもないが、それ以上の活動では心不全症状又は狭心症症状がおこるもの)に該当し、かつ、B表に掲げる各所見等のうち、いずれか1つ以上の所見等があることであり、また、三級に該当する要件としては、浮腫、息切れ等が出没する臨床症状があり、右のA表に掲げる重症度が1(身体活動をいくらか制限する必要のある心臓病患者。家庭内の普通の活動では何でもないが、それ以上の活動では心不全症状又は狭心症症状がおこるもの)に該当し、かつ、B表に掲げる各所見等並びにC表(心臓疾患検査所見等)に掲げるア及びイの所見等のうち、いずれか1つ以上の所見等があることである。

そこで、原告の症状をみるに、(証拠略)(三菱神戸病院佐々木医師作成の診断書)によれば、原告の障害認定日である昭和六三年七月二三日前後における症状としては、動悸、息切れ、倦怠感、呼吸困難及び狭心痛を有するが、肺うっ血、チアノーゼ、浮腫、夜間多尿及び尿量減少は認められないこと、X線・心電図所見によれば、心胸廓係数は四九パーセントであり、陳旧性心筋梗塞、期外収縮を有するが、脚ブロック、心房細動、ST低下、肺動脈うっ血、肢誘導左側胸部誘導又は両方のTの逆転は認められないこと、心臓ペースメーカー、人工弁は装着していないことが認められる。すなわち、原告には、前記B表エの「心電図で、陳旧性心筋梗塞所見のあるもの」との所見がみられることになる。

しかし、(証拠略)においては、障害認定日前後における活動能力について、「家庭内の普通の活動では何でもないが、それ以上の活動では心不全症状がおこる」程度であると記載されていることからすれば、原告の障害認定日における活動能力の程度は、前記A表における重症度1に該当するものと認められる。なお、原告本人尋問の結果によれば、原告は、現在、就労してはいないが、散歩や買い物、入浴やバスの乗り降りは一人ででき、自転車にも乗っていることが認められ、また、(証拠略)(同医師作成の障害診断書兼入院証明書)においても、平成元年一二月二九日前後の原告の活動能力について、食事、排尿・排便、衣服の着脱、座る・立ち上がる、歩行についていずれも「問題なし」と記載され、「日常生活のうち、普通の活動では症状はでないが、それ以上の活動では胸痛が生じる」と記載されているところ、平成元年一二月二九日又は現在より前記障害認定日時点の方が本件傷病の症状が重かったことをうかがわせる証拠はない(かえって、原告は、前記のとおり、右障害認定日の後である昭和六三年一一月以後症状が悪化したと主張している。)のであり、このことからも、原告の障害認定日における活動能力の程度に関する前記認定が裏付けられるものというべきである。そして、原告は、(証拠略)(原告の作成した病歴・就労状況等申立書)において、障害認定日当時の活動能力の程度について、前記A表の重症度3に相当する、「身のまわりのことはかろうじてできたが、一日中寝ていた」と申し立てているが、この記載は、以上の説示に照らして採用できない。

そうすると、原告の本件傷病による障害の状況は、国年令別表には該当せず、厚年令別表第一に該当し、原告の障害認定日における障害の状態は、本件裁定のとおり三級ということになる。

二  年金支給開始月について

原告は、年金支給開始月について、本件裁定による月よりも後の昭和六三年一一月を主張するところ、仮にこの主張が理由あるものとして本件裁定が取り消されると、被告は同裁定を原告に不利に変更すべきこととなるのであるから、かような主張はそれ自体において失当というべきである(行訴法一〇条一項参照)。その点はさておくとしても、原告は、前記認定のとおり本件傷病で昭和六二年一月二三日に初めて医師の診療を受けていることが認められるところ、(証拠略)によれば、それから一年六月を経過した昭和六三年七月二三日時点において原告の本件傷病は加療中であり、治っていないことが明らかであるから、障害認定日は右同日であり、年金支給開始月は本件処分のとおり昭和六三年八月ということになる。これに対し原告は、恥骨部痛により昭和六三年一一月一日に手術を受けたところ、これにより心臓が悪化したのであるから、年金の支給はその退院日である同月九日の属する月の翌月である同年一二月から実施すべきであると主張するが、この主張は法の定めに明らかに反するものであって、到底採用できない。

三  第四種被保険者期間について

原告は、本件裁定における被保険者月数の中に第四種被保険者期間が含まれていないと主張するが、(証拠略)によれば、原告は昭和五八年一二月二六日から昭和六二年一月二八日まで並びに同年一一月二一日から昭和六三年一月一日までの合計三九月の間第四種被保険者であった(昭和六〇年法律第三四号附則四三条一項)ところ、本件裁定においては、右の期間を含めて被保険者月数を一九二月としていることが明らかである。

のみならず、三級の障害厚生年金の額は、昭和六三年四月以降の月分については、被保険者であった全期間の平均標準報酬月額の一〇〇〇分の七・五に相当する額に被保険者期間の月数又は三〇〇月のいずれか多い月数を乗じて得た額に、さらに一・〇〇七を乗じて得た額(ただし、この額が四七万〇四〇〇円に満たない場合には、四七万〇四〇〇円)と定められている(厚生年金保険法五〇条一項、三項、四三条、昭和六三年政令第一五五号による改正後の国民年金法による年金の額の改定に関する政令(昭和六二年政令第一八七号、以下「改定政令」という。)三条)。そして、(証拠略)に照らせば、本件裁定における障害厚生年金の算定においては、原告の被保険者期間の月数が一九二月であることを前提として、原告の平均標準報酬月額二〇万三一五八円の一〇〇〇分の七・五に三〇〇月を乗じて得た額に、さらに一・〇〇七を乗じて得た額が四六万〇三〇五円であったため、障害厚生年金額は改定政令三条により四七万〇四〇〇円とされたことが明らかである。このことからすれば、仮に原告の第四種被保険者期間三九月が本件裁定における一九二月に参入されていないとして、被保険者期間を二三一月としたとしても、結局障害厚生年金額の算定に当たって平均標準報酬月額に乗じる月数は厚生年金保険法五〇条一項により三〇〇月となるため、障害厚生年金の額は本件裁定と同じ四七万〇四〇〇円ということになるから、いずれにせよ原告のこの主張は失当である。

四  結論

以上によれば、本件裁定は適法であり、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 原啓一郎 裁判官 近田正晴)

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